「秋とお茶とあの人と」(広尾の掌編小説2)
秋の風が「茶」と印刷された旗をかすかに揺らしていた。
色とりどりのお茶のパッケージが並ぶお店で、商品を吟味してはかれこれ四十分は経っていた。どのお茶が良いか、決められない。
もうそろそろ決めないと、あの人の仕事が終わって待ち合わせの時間になってしまう。久しぶりに仕事がはやく終わりそうなあの人を、ちょうど彼の職場近くに用事があった私と合流して一緒に帰ろうと約束していた。
私の方がはやく着いたので買い物をして暇をつぶそうと思っていたのだが、思った以上に時間がかかっていた。
あとどれくらいかしたら、あの人から連絡がきそうな頃合いだった。
どちらかと言えば私は優柔不断な性格ではない。
けれども贈り物となれば話は別である。そしてその店の商品が素敵であればあるほど、迷ってしまうのだった。
お茶の専門店というだけあって、ここ椿宗善には、スタンダードな緑茶やほうじ茶はもちろん、はじめて見るフレーバー茶がたくさん陳列されていて目移りしてしまう。
あの人はどれを贈っても喜びそうだ。それゆえどれも買いたくなってしまう。
桃のルイボス……。あの人、桃が好きだからなぁこれが良いかしら。
その下の段には白桃のアールグレイが置いてあるのに目がとまった。
この二つどちらかにしようかと、候補をしぼりかけた時、店員さんが「桃の緑茶を良かったら試飲いかがですか」とにこやかに持ってきてくださった。
緑茶にも桃のフレーバー茶があったのか、と内心驚きながら一口含んだ。甘い香りが緑茶のほどよい苦みとよくマッチしていた。
この桃の緑茶も先ほどの候補に加えて三つのなかでどれが一番あの人が喜んでくれるか想像してみた。どれも美味しいと言ってくしゃっと少年みたいな顔をして笑うのだろうな、と思うとよけいに迷ってしまう。
迷っていると鞄の中でスマホが震えた。あの人からのメッセージだった。
もう仕事あがったので合流しよう、と。買い物が長引いているので五分ほど待ってと返事を急いで送ると、いよいよ決めなくてはと桃の緑茶と桃のルイボスを手にとって眺めた。
「もういっそのこと本人に聞いてみたいところだけど驚かせたいし……あの人は緑茶のほうが良いか? いやいっそ両方買ってしまおうか」
悩み過ぎて考えが声に出てしまった。
「どっちも美味しそうだね」
後ろから聞きなれた声が降ってきて「ひゃ」と変な声がもれた。
振り返ると彼が立っていた。
「なんでここに」
「え? いや最近秋っぽくなって朝晩は肌寒いから、君にあったかいお茶でも買おうかなって思ってさ。そっちは?」
「じつは私もあなたにお茶を……」
そう答えると、彼が「一緒に選ぼっか」と明るく笑った。
完
作 天風凜(あまかぜ・りん)