食卓の席で

2019.7.8

食卓の席。

いつも、私の目の前で、割り箸を片手に食事をとる人がいる。

春から、訳あって、我が家に転がり込んできた新しい居住者だ。

 

あれから、もう一ヶ月近くが経った。

『毎日、人はこれだけの食事を口に運ぶのか』と、

消費され、次々とゴミ箱にたまっていく割り箸の束を見て思う。

そのとき、少し後ろめたさを感じたのはなぜだろう。

 

『よし、この人にお箸をプレゼントしよう』

 

次の瞬間には、そんなことが頭に浮かんでいた。

 

広尾に、心踊るお箸屋さんがあることを私は知っている。

商店街から、一本静かな路地に入ったところにお店を構える、

兵左衛門(元にほんぼう)」だ。

『お箸は食べ物です』をモットーに、身体によい素材だけを使用した、

こだわりのお箸が取り揃えられている

軽くて使いやすいものから、洒落たデザインのお箸まで置いてあるので、

ここに足を運びたくなった。

こうなったら、お箸一膳と箸置きのセットにしてしまおうか。

イチゴの形をした、螺鈿の箸置きを選んだ。

      

お箸を入れる箱には、小さな花が散りばめられた、可愛らしい桐箱をチョイスし

た。

「実は、このギフト用の桐箱は全て、男性の方がデザインしているんですよ!」

と、意外な事を教わる。

普段安いお箸で十分満足している私だが、

「兵左衛門」に足を運んで、相手のお箸を選んでいくうちに、

自分もちゃんとしたお箸が欲しいと思えてきて仕方ない。

 

「ここにプレゼントで買いに来られる方、皆さんそうおっしゃいますよ。

自分の分も欲しくなってしまう、そういう方、とても多いんですよね。」

その場で、選んだお箸に金字で名入れをしてもらった。

 

「こんな感じでいかがでしょう。」

名前の入ったお箸と対面して、出産に立ち会ったかのような心持ちになる。

「いいですね。最高です。」

 

こうして、世界で一つのお箸セットが出来上がった。

最後に、お箸の入った花柄の桐箱を赤白の風呂敷で、ぎゅっと包んでもらう。

これから、このお箸が相棒になっていくのだ。

 

ある詩人は、「食」をこう語った。

“食卓はひとが一期一会を共にする場。

かんがえてみれば、人生はつまるところ、

誰と食卓を共にするかということではないだろうか。[長田弘]” と。

正直私の密かな願望に過ぎないけれど、

新しい自分のお箸で、食を口に運び、

『あなたは、この食卓の一員として、ここに居ていいのだ』と、

心からの歓迎が相手に伝わったら、嬉しい。

 

ここにいる理由がなんであろうと、

毎日この食卓を共にしたいと、私は決めたのだ。

急な来客に間に合わせかのように置かれる割り箸ではなく、

今日からは、プレゼントしたばかりの

名前が入った赤いお箸が食卓に置かれていく。

 

れんジョー

 

 

 

 

 

 

 

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